2007年6月30日土曜日

ナダルのブログ@WB07-7

2007年6月30日(土)

みんなに誤解させてしまったらごめん。悪く取らないで欲しいんだ。
でも今日は完全にガッカリした1日だった。つまり、1日中待って何もなし。プレーもなし、試合もなし、練習もなし、何もなし!

昨日言ったように、今朝はかなり早く起きた。11時に練習が組まれてたんだ。起きて雨が降ってるのを見たとき、心の中で「またか!」って言った。信じられないよ。雨、雨、雨、また雨。去年はいい天気だったのに。今年がこんな風だなんて信じられない。

とにかく、試合はないと思ったから、午前中は家にいた。トニはクラブに行っていろいろチェックして来た。僕はラファ・マイモと家で映画を見てた。El Padrino 2を終わりまで見たよ。いい映画だ。

その後、クラブに行って準備することにした。試合を始められるかもしれないって言われたんだ。だから僕たちは会場へ行って今日はそこでランチを食べた。いつものように魚のパスタを食べて、それからロッカールームへ行って準備した。僕たちの前の試合が終わったのを見て、僕たちもプレーできるだろうと思った。試合に呼ばれた時はよかったと思ったよ。

唯一悪かったのは、僕は今朝全然ウォームアップしてなかったってことだけど、これはソダーリンも同じだったんじゃないかな。二人とも、試合が始まる前にセンターコートでの例の10分間のウォームアップをしただけだった。それだけ。こんなこと今までなかったから、なんだか奇妙だったよ。みんな知ってると思うけど、僕たちはほとんど試合を始めるところだったんだ。でも、あーあ、ちょうど始める時に雨が降り始めた。

ロッカールームに戻ると、トニが僕に、試合が始まった場合に備えて、体を温めておくために屋内で打ち合いをしようと言った。ウォームアップを十分やってから試合を始めるのは大切なんだ。そうして、緊張はほとんどなくなって、腕や筋肉がもっとリラックスしてきた。
その後、家に帰ってまた試合に呼ばれた場合に備えて待ってた。こういう時は集中したままでいるようにしてて、プレステとかそういうことはやらない。ただ家に帰ってTVで試合をいくつか見てた。

今はグローサリー(食料の買出し)から戻ってきたところ。フェリはマドリッドに戻ってしまったから、彼の不在を感じるよ。本当に、もうこの家に僕たち3人しかいないんだ。料理には何ら影響ないけどね、フェリはあまりやらなかったから。:-) 実は彼のガールフレンドがいつも料理してたんだ。ハハハハハ。

でもまじめに、彼がいなくて寂しい。

夕食前と買い物に行く前にプレステをやった。モリーナが勝ってた。僕じゃなくて、ベニトとラファ・マイモに。信じられない!!!この前僕は10-1で彼を負かしたのに、うまくなってる!

僕たちはまた同じものを買った。そのうち今食べてるものに飽きるだろうな。(えっ!?飽きる!?)

とにかく、今日はこのブログをかなり早い時間に書いた。明日はウィンブルドンでは試合はない。今日プレーできなかったことを考えると、本当に理解できない。つまり、月曜日に試合して、二人のうち勝った方は火曜日も、もし勝てば水曜もだ。理解できない!!!

Hasta manana.

Rafa


2007年6月29日金曜日

ナダルのブログ@WB07-6

2007年6月29日(金)


やあ、みんな。(Hi there)


今日は普通に、階下での朝食から始まった。
そういえば、この家がどうなってるのか説明してなかったから、これから説明するよ。

家は3階(3 stages)建て(スペイン語ではplantas。正しい単語を使えてるといいんだけど)になってる。地下にはキッチンがあって、普通はそこで食べるんだ。小さな裏庭もあって、天気によってはそこで過ごしたりする(去年の方が今年より多かったけど)。

2階にはリビングルームがあって、そこにはTVや音楽のものなんかがある。僕のベッドルームと、僕専用のバスルームもここにある。3階にはあと3つ寝室があって、ひとつはフェリ、もうひとつはトニおじさんとラファ・マイモ、あとひとつはアルベルト・コスタとフェリのチームのトニが使ってる。実際、すてきな家ですごく居心地がいいよ。ちょっと高いかもしれないけど、そういうものだよね・・・

で、今日はスケジュール通り11時に練習しようとしたんだけど、残念なことに、午前中はあまり天気がよくなくて、すごい通り雨があった。急いで家に帰って、おじさんでコーチのトニが練習に呼びに来るまで調整してた。

僕のPRマネージャーのベニトが、ウィンブルドンをカバーしてるスペインのメディアとの会見を手配してて、1時に家に来ることになってた。雨で練習できなかったから、ずらさなきゃならなかったけどね。結局いい天気になって、すばらしい太陽が出て、大体3時ぐらいに練習できた。スペインのメディアとは、大会側が使わせてくれた部屋で会って、僕たちは45分以上そこにいた。たくさん喋ったよ。本当に。僕はこういうのは大事だと思うんだ。彼らは大変な努力をしてここに15日間(うまくいけばね・・・)来てるんだから。いろんなことを話したよ。記者会見みたいな形式じゃなくて、彼らのことをもう少し知るためのただの集まりで(ほとんどの人はもう何年も知ってるけど)、いろんなことを話した。よかったよ。

タイトルに書いた通り、プレイステーションが戻ってきたんだ。大会の間やってなかったんだけど、2、3日前に持ち出していくつか試合をやった。
今日はクラブでファン・マルティン・デル・ポトロが、前にベニトと話したらしいんだけど、一緒に試合をやろうと言ってきた。彼は冗談で、僕の有名な、何のこと言ってるか分かると思うけど、それを蹴飛ばしてやるって言うから笑ったよ。

だから練習とメディアの仕事の後、彼らは家に来て・・・僕は彼を負かしてやった。3試合やって、ファイナルスコア2-1だ。最初の試合はラッキーだったと認めなきゃならない。最後の1分で勝ったんだから。(クリスティアーノ・ロナルドは決して僕をがっかりさせないんだ)。2試合目は楽勝で(4-1)、3試合目はファンがうますぎた。僕はマンチェスターユナイテッド、彼はFCバルセロナでやったんだ・・・プレステをやるのはバカなことじゃないと思うよ。何時間も何時間もやってたらよくないと思うけど、僕たちは何試合かやるだけなんだ。

今日はブログをいつもより少し早く書いてて、これから夕食を食べるんだ。僕のマネージャーのカルロス・コスタ、IMGのアルベルト・モリーナも一緒だ。フェリは今日負けたから、ちょっと落ち込んでて、前みたいな雰囲気にはならないだろうね。残念だよ。それに冷蔵庫が空っぽだから、これからどうしようかと思ってるんだ。:-)

とにかく、明日はすごく難しい試合になるだろうね。相手はすごいハードヒッターだしサーブもすごく速いから。どうなるかな。

ありがとう。

Rafa


2007年6月28日木曜日

ナダルのブログ@WB07-5

2007年6月28日(木)

今夜はディナーの話はなし。試合がすごく遅く終わったから、ディナーの話ができないほど疲れてるんだ。

今日は試合の日だったから、僕は1日、この試合にすごく集中してた。この数日は特別で、他とは違うんだ。肉体的な強さとかその大切さについて聞かれることがあるけど、僕は、肉体よりも精神的にタフなこともあると思う。今日は最後の試合だったから、なんとなくやりにくい、変な日だった。インタビューでも言ったけど、試合を始めたものの、天気や日没のせいで試合が終わらないかもしれないと感じるのはある種リスキーで難しい。グランドスラムでは1日休みがあるけど、試合が終わらなければ翌日もまたプレーしなくちゃならないという緊張が続くから、精神的にきついんだ。

僕の1日は「早い」時間に始まった。11時にウォームアップがあったから。最後にプレーすることを考えると、これはすごく早いんだ。僕のヒッティング・パートナー、もしくはウォームアップ「キッド」:-)はトニおじさんだった。後でプレス・ルームで「それが今日はスロー・スタートだった理由だ」って冗談を言ったんだ。もちろん冗談だったんだけど、メディアが誤解してないといいんだけど。トニと打ち合いをして、かなり早い時間に終わった。

それから家に帰ってランチを食べて、僕の前の試合が始まるまでゆっくりしてた。普通の大会なら自分の試合が始まるまで会場にいるんだけど、ここでは家がすごく近いから、ちょっと家に帰ってお昼を食べて、少しリラックスしてヘンマン対ロペスの試合をTVで見た。それから会場に戻って試合の準備をした。こうする理由は、僕の前の試合が早く終わったり誰かがケガをしたりすると、僕たちがコートに呼ばれるから準備ができてなきゃならない。もしそこにいないと欠場になってしまうこともあるから、そこにいて準備をしてた方がいいんだ。

昨日はモヤが負けて悲しい、彼もナイキの夕食会に来るべき人だったと言ったよね。ティムのライバルを応援してごめんと言ったけど、今日はフェリ・ロペスがヘンマンを破って、僕は嬉しいと言わなくちゃならない。ティムのことはすごく好きだよ。すごくいい人だし、彼が負けたのは残念だったけど、フェリはツアーでの僕の親友のひとりで、家をシェアしてる人だから、彼が勝ってうれしいと言わなければ嘘になる。彼は大きなことをやったんだ。ヘンマンを地元ウィンブルドンのセンターコートで破ったんだから。僕が言ってることに誰も気を悪くしたりしないよね。みんな分かってくれると思ってるよ。

今日、ポストマッチ・インタビューでセンターコートについて、そしてそこに出て行くのはどんな感じか聞かれた。あそこは他とは違う、とても特別な場所だ。あそこへ歩いて行くとき、そしてコートに出ようとするとき、今でも感動するよ。すべてが特別で、すごくよく手入れされてるんだ。

コートに通じる、海軍の(? with those military marines)白い大きなドアの手前にすべてのトロフィーがあるんだ。なんと言うか、本当に特別で印象的だよ。本当に偉大な感じがする。写真を撮れるかな。:-)

明日はオフで、いくらかの練習と報道関係の仕事と、たくさんの休みの日だ。きっともっと言うことがあると思うよ。

それじゃ、また明日。

応援してくれてありがとう。

Rafa 


2007年6月27日水曜日

ナダルのブログ@WB07-4

2007年6月27日(水)


Hi everyone (これは知ってる) !!!

テニスやルーティーン以外から今日のハイライトがふたつ。

ひとつは今日やったメディア関係なんだけど、すごいことになりそうなんだ。今日映画制作会社がロンドンに撮影に来た。彼らはジダンについての映画かドキュメンタリー(よく分からない)を作ってて、僕に出て話をしてくれないかと聞いてきたんだ。ベニトとカルロスがそう言った時、これはいいと思ったよ。

ジダンはすごい選手だと思う。僕がキャリアの中でより崇拝したスポーツマンのひとりだ。僕にはアイドルはいないけど、多分ジダンはより注目した人物のひとりだ。その映画に出るなんてすごいよ。僕は彼らに、コートの中でも外でも偉大なこのスポーツマンを、僕がどう思ってるか話したんだ。

それで彼らは僕の家に来て、インタビューをやった。15分って言われたんだけど、結局45分かかった。言葉の問題があるといつでもインタビューは長くなるからね。今回は英語はなかったけど、フランス語だったからもっと難しかった・・・:-)


この前は家でイタリア料理の夕食会をやったけど、今夜はナイキ・ハウスでスペイン料理の夕食会があったんだ。これが2つめのハイライト。

日曜日だったと思うけど、僕たちはウィンブルドンのナイキ・ハウスにウェアを受け取りに行った。そう、僕たちは全部タダでもらえる(おまけにお金までもらえる)んだからラッキーだ。だから、毎回グランド・スラムの時に彼らのところにウェアを受け取りに行くんだ。全仏オープンの時は、すごくクールでモダンな家だった。USオープンの時はフィフス・アベニューのすぐそばのナイキ・ストアに行く。ウィンブルドンにはこのすばらしい家があって、彼らの選手全員の面倒をみてる。

僕がフィジアーノ(フェリシアーノ・ロペス)と一緒に荷物を取りに行ったら、そこに僕たちの世話をしてくれてるナイキのニコとロイがいた。ロイが荷物を降ろしてる間、僕たちは楽しく話してて、ニコがスペイン料理の夕食会をそこでやることを考えてると言ったんだ。僕たちはいい考えだと思った。

チャーリー・モヤと彼のチームも招待されてたんだけど、残念ながら彼は負けてもうスペインに戻ったんだ・・・こんなこと言ってごめん。彼は地元のヒーロー、ティム・ヘンマンに負けたんだよね。

とにかく、彼らは「カタラン・スタイルのチキン」を出してくれた。(こういうものだったって言うんだけど、僕はスペインというよりインドだと思った:-)・・・)あと、サーモンとサラダ、クスクス、ポテトなんかが出た。デザートにはチョコレート・プリンを食べたよ。おいしかった。本当に。でも、あんまりスペイン料理じゃなかったな。うーん・・・:-) こんなコメントをして、ニコや他のナイキの人たちが気を悪くしないといいんだけど。:-)

ナダル/ロペス・ハウスの全員が来た。トニおじさん、ラファ・マイモ、フェリシアーノ・ロペス、アルベルト・コスタ、彼のフィジオのトニ、それにカルロス・コスタとIMGのアルベルト・モリーナ、僕のチームのベニト、2、3日訪ねて来てるフェリの友達数人。このディナーの写真を送ってあげるつもりなんだ。

(スペインの基準からすると)早い時間、9時にディナーを食べた。その理由は、(1)僕たちはお客さんだから(2)フェリが明日早い時間に試合をするから。僕は遅い時間に予定が組まれてるからよかったよ。

いつも夕食や朝食のことばかり話してるけど、こういうのはいつもと違うかもね。みんなが嫌じゃなければいいんだけど。

今日のその他のことについて言うと、練習と現地でのワークのあと、すぐに家に帰ってきた。朝11時に練習に行って、2時15分にはなんとか戻ってきた。フランスのクルーと2時の約束だったんだけど、少し遅れた。時間通りに来られたためしがないんだ。僕のせいばかりじゃないと思うんだけど・・・ほとんど僕のせいじゃないと思うんだけど、でも実際いつも遅れてばかりいる。・・・なんとかしなきゃ!


2007年6月26日火曜日

ナダルのブログ@WB07-3

2007年6月26日(火)


Hi there(これ、今日おぼえたんだ)

今日ついに試合をした。すごく満足してるよ。いよいよ始まることにワクワクしてもいたけど、本当のことを言うと少し不安だった。こういう大きな大会が始まる前に心配になったり不安になったりするのはいつものことなんだ。1回戦はいつも難しいし、ウィンブルドンの記者たちにもずっとそう言ってきた。1回戦が難しいのは普通のことなんだ。でもいいプレーができたと思うよ。

でも、試合のことをあまり話すのはやめておくよ。メディアが報道してるから、新聞やラジオやTVで全部見られるものね。

今朝は9時半に起きて、普通の朝食を取った。シリアルとミルク。実はこの前ミルクのボトル(テトラパック)を開けたら、それがよくなかったんだ。何て言うのかな・・古くて、悪くなってた。もう吐きそうだったよ。ほんとに、そのことを考えるとすごく気持ち悪くなるんだ。:-(アルベルト・コスタかトニが、それをコーヒーに入れて飲んで気づいたらしい。それを思い出すたびにもう・・・

あと、パンをいくつか、Nutellaをつけて食べた。あれ大好きなんだ。この前なんてほとんど一瓶食べちゃったよ!今日は、実を言うと、また3つ買ってきたんだ。

11時にヒッティングの予定になってたから、10:30に練習に出かけた。この家はすごく近いから、ゆっくりできるんだ。もしロンドンに滞在してたら、7時か7時半には起きなきゃならない。朝はここに向かう道が混んでるからね。それも、またここに滞在することに決めてよかったと思う理由のひとつだよ。オーケー、出かけたりしたい人にはよくないけど、僕は今週は(できれば来週も)料理を楽しんでるんだ。:-)

練習をして、その後は、いつも決まったルーティーンがある。準備をしながらロッカールームにいて、何か食べる時だけ上(の階?)に行くんだ。上に行かずに、フィジオのラファ・マイモが何か持ってきてくれて、ロッカールームで食べることもある。

ロッカールームでヘンマンとモヤの試合を見てた。次は僕がコートに出るから、準備してなくちゃならなかった。すごく長くてエキサイティングな試合で、すごい雰囲気があると思ったよ。

試合の後は、普通少しフィジオとのワークがあるんだけど、僕たちはいつも家かホテルでやるんだ。今日もやったけど、その前にいくつか報道の仕事をやらなきゃならなかった。試合が終わると、毎回記者団のところへ行って記者会見をやらなきゃならない。他にいくつかのTVやラジオ、時には1対1のインタビューがあることもある。今日、僕の広報マネージャーのベニトがアレンジしたのは、記者会見のあと、ATPのニコラとの短い簡単なインタビューと、3つのTVだけだった。1時間を越えることもあるから、短くてよかった。大会で勝ち進めば長くかかるようになるんだけど、そういうものだって分かってるから問題ないよ。実際、興味を示してくれて感謝してる。

さっき言ったように、その後、家に帰ってフィジオ・ワークを終わらせた。その前にコスタとフェリと、彼らの友達何人か、それにマイモと一緒にトランプをした。「エル・ウノ」(英語で「No.1」という意味)っていうすごく簡単なゲームをやったんだ。単純だけどすごく楽しかったよ。

フェリとアルベルトとその友達やチームは夕食に出かけたけど、僕は家で料理をすることにした。僕のマネージャーのカルロス・コスタ(写真)とIMGのマネージャーのアルベルト・モリーナ、ベニトとラファ・マイモは家で食べるって言うから、僕はウィンブルドンまで「グローサリーしに(to do some grocery)」行った(?)食べ物を買うってこの単語だったっけ?多分そうだよね。マイモに手伝ってもらって、ここ数日準備してきた料理を作ったんだ。まずマッシュルームとガンバとオニオンのパスタ、それにクラブ・スティック(カニカマ)。悪くなかった。本当だよ。

とにかく、もうベッドへ行ってゴッドファーザーの続きを見るよ。明日はもっとやることがあるんだ。

ありがとう、みんな。

Rafa


2007年6月25日月曜日

ナダルのブログ@WB07-2

ラファエル・ナダル:ヒマなときケーキを焼く男。・・・意外だ。ナダルのブログ@ウィンブルドン2日目



The Italian dinner at my house
2007年6月25日(月)
Times Online

こんにちは、みんな。

昨日はEl Cambio de Tercioにディナーに行くと言ってブログを終えたよね。友達が自分のカメラで何枚か写真を撮ってくれたんだけど、まだ送ってくれないんだ。だから、今届くのを待ってるところで、届いたら1枚か2枚ここにアップして、他のは自分用に保存しておく。これを見て彼が目を覚ましてくれるといいんだけど。:-)

僕のウィンブルドンでのブログの2日目、今年の緒戦の前日だ。いや、緒戦になるはずの日なんだけど、聞いたところによると・・・言ったのはトニおじさんだったと思うけど、明日はまた雨になるかもしれないって。たぶん、ここで唯一好きになれないのは、天気だ。練習できるかどうか様子を見ながら待ってるのは退屈だよ。僕は練習が大好きだしプレーしたいから、座って待ってるのはただ退屈なんだ。今日は少し練習できた。最初の練習は3時からインドア・コートで。その後雨がやんだから、普通の屋外の芝のコートでもう一時間できた。今日はダビデンコと1時間半打ち合いをして、いい感じでボールが打てたと思う。

でも今日は、特に面白い日でもあった。僕たちが滞在してるウィンブルドンの家で、いわゆる「イタリア料理の夕べ」をやったんだ。話はローラン・ギャロスまでさかのぼるんだけど、ATPのVittoが僕たちの家で何人かの人を呼んで夕食会をやってくれたんだ。Vittoはイタリア人で、ATPで働いてる。今年でウィンブルドンは29回目だったと思うけど、彼はこういう夕食会を何度か見たりやったりしてて、いつもPanattaや他の選手やエージェントとの夕食会の話をしてくれるんだ。

実は、夕食会を計画したのは彼だけど、ジョルジオが(彼もATPで働いてる)料理の担当だったんだ。今日の夕食会は9人で、僕、トニおじさん、ジョルジオ、ヴィット、ATPのトマス、僕のチームのラファ・マイモとベニート、フェリシアーノのチームのアルベルト・コスタとトニ。フェリはガールフレンドやウィンブルドンの友達と出かけてて夕食会にはいなかった。終わりの方になって来たけどね。

実のところ、ジョルジオはすばらしいパスタを作ってくれた。僕にはマッシュルームとガンバのリングイネ、他の人たちには、同じものだけどトマトと「ズッキーニ」が入ってる。もうひとつ、マッシュルームとズッキーニだけのもあった。

僕はトマトが嫌いだから、彼は僕用に特別なものを作らなくちゃならなかったんだ。料理は本当に、すごくおいしかった。大盛りのパスタを食べたよ。




写真は、ジョルジオの料理中の「混乱」(*注:この写真は上にはありません)、もうひとつは僕がケーキを作ってるところ。今日はアルベルト・コスタの32歳の誕生日だから、彼をびっくりさせようと準備したんだ。この前も家に滞在してるみんなのためにケーキを作ったから、今日も作ってアルベルトをびっくりさせることにした。ベニートが卵と砂糖とロウソクを買いに行ってくれて、僕がケーキを二つ作ったんだ。

すごくうまくできて、ディナーの最後に灯りを消してハッピーバースデーのスペイン・バージョン(Cumpleaños Feliz)をみんなで歌った。さっき言ったように、これはアルベルトのためのサプライズで、彼はすごく気に入ったって言ってた。夕食の間、僕たちは色んなことを話した。もちろんサッカーのこととかね。ディナーをしてるスペイン人とイタリア人がいたら、会話の中心はサッカーに決まってるって想像できるよね?:-)あと、テニスの歴史とか出来事とか、いろんなことを話したよ。

11:30ごろこのブログを書くために戻ってきた。これから、眠れるように映画の続きを見るんだ。今は「El Padrino(ゴッド・ファーザー)」を見てる。僕はいつも寝るとき映画を見るんだ。全部見るんじゃないけど、見始めたり見終わったりすると、いつも眠くなるから。

さっきも言ったように、明日から試合が始まるから、朝(ここの人たちが言うように、天気が許せば)ウォーミングアップに行って、試合の準備をするよ。

大会にいる間はブログを書くことになってるから、明日と水曜日も書けるといいんだけど。

Muchas gracias!

Rafa



追記(2013年6月)
写真がないのが残念です。ケーキを作ってるラファがとてもすてきだったのに。

追記2
ケーキ制作中の写真追加しました。


2007年1月15日月曜日

2006年4月 ナダルのインタビュー記事

古い(2006年4月の)記事ですが、とてもいいインタビュー記事だったので、後半部分を抜粋して訳してみました。原文の英語も平易で読みやすかったです(ナダルが読めるようにやさしく書いたのか?)



The Big Interview: Rafael Nadal
Sunday Times   April 23 2006


8時になってナダルはホテルに戻ってきた。練習で10時間もコートにいても、まだ十分とは感じていない。雨でセカンド・セッションが遅れて彼が中に入っても、ファンは外で傘をさして彼が戻るのを待っている。席を取られてしまうのを恐れているからだ。そんなにしてまで、雨の中マヨルカ出身の若者の練習を見たいのだ。

「暗すぎてもうプレーできなかったんだ」とナダルは言う。使えなかったコートの使用時間に思いを馳せながらソファに身をもたせ、ポテトチップスをできるだけ早く手から口へ運ぶ。コカコーラを「ストローつきで」注文し、渇えたように、あっという間になくなるまで飲んでしまうと、もう一杯注文した。今の彼はティーンエイジャーに見える。さっき8番コートにいたテニス界のロック・スターの4分の1の年齢だ。

「おいしい」。彼は微笑みながら言う。まだ驚くべき速さでポテトチップスをかき込んでいる。「僕は単純なんだ。シンプルなものが好き。ボートで釣りをするのが好き。家族と一緒にいるのが好き。それから・・・」彼は空になったボウルに微笑んだ。「ポテトチップスが好きなんだ」

今、シンプルな場所から来たシンプルなものが好きなシンプルな少年は、途方もない課題にシンプルに取り組んでいる。モンテカルロ・マスターズの決勝でフェデラーと対戦し、タイトルを防衛するのだ。このスイス人選手にドバイで勝った経験は、彼が試合にアプローチするうえで心理的に有利に働いている。しかし、フェデラーを上回るにはまだまだ遠いことも分かっている。「ポイントを見てよ。彼はNo.1だ。これしか言うことはないよ。彼は倒すべき存在なんだ」。彼は、モナコへ来る前にフェデラーに勝った時のビデオを見ていたと認めた。世界一の選手を倒せると知ることで、気分を高めるためだ。

「あの勝利は僕にとってすごく重要なんだ」と彼は言う。「ケガから復帰して2つ目の大会だった。僕は試合を楽しんだ。あの日はすごく冷静にコートに出て、勝ったときはすごく特別な感じがしたよ」。

彼とフェデラーはランキングの1位と2位なので、決勝でしか当たらない。「だから、いつもプレッシャーがいくらか増えるんだ」。

いつも、試合が始まるとすぐに勝つかどうか分かるとナダルは言う。相手に対抗する方法が分かると、彼の言うところの「とても特別な感じ」がする。そして、導かれるのだ。

勝利へ。


ラファエル・ナダルの物語は3人の兄弟から始まる。彼の父、セバスチャンと2人のおじ、トニとミゲル。マヨルカでお互い近くに住んでいる。彼のテニスという冒険は16年前始まった。3歳でサッカーへの興味が芽生えたころ、トニがテニスを教えてくれたのだ。トニは競技テニスの選手で、スペインのナショナルレベルである程度の成功をおさめていた。一方ミゲルはサッカー選手だった。立派な体格のすばらしいディフェンダーで、ここ3回ワールドカップのスペイン代表としてプレーし、今年引退するまで長い成功の履歴を持っていた。

トニは小さな甥に、サッカーの練習と平行して、楽しみのためにテニスをすることを勧めた。しかしすぐに、この少年がラケットを握ると自信満々になるのに気づいた。「サッカーもテニスも続けてたんだけど、少しずつ伯父とテニスをする方が多くなった」とナダルは言う。「でもまだサッカーの方が好きだった。小さいときは、本当にサッカーが好きだったんだ」。

5歳になる頃には、週2回テニスクラブに通うようになった。8歳になって、地元のサッカーチームの有望なストライカーになった頃には、テニスでは12歳以下のグループで地域のチャンピオンになっていた。

「そうしたら、みんながテニスのトップになれるんじゃないかって言い出したんだ」。3歳も年上の子供のための大会で優勝したら、気づかれないわけにはいかなかった。あちこちのクラブから招かれてプレーするようになり、トニはこの小さな弟子にもっと真剣に取り組むようになった。ベースラインから相手を倒せる時でもネットに出るように言い、また右利きにもかかわらず、左手でプレーするように勧めた。「彼は僕がフォアハンドを両手で打つのに気がついて、ある日片手でやってみるように言ったんだ。サッカーでは左足を使ってたから、やってみるべきだと考えたんだね。僕はやってみた。そしたらうまくいったんだ」

あまりにもうまくいった。12歳になる頃には、その年齢のグループの、スペインとヨーロッパのテニス・タイトルを獲り、いつでもテニスをやっているか、サッカーをやっているかだった。すると兄弟の三番目、ラファエルの父セバスチャンが介入してきた。「父はサッカーかテニスかどちらかを選べと言ったんだ。学校の勉強がおざなりにならないようにね」とナダルは言う。「僕はテニスを選んだ。サッカーはすぐにやめなきゃならなかった」。

彼がサッカーを選んでいたら、ステラ・アルトワとウィンブルドンのかわりに、6月のワールドカップに向けて準備をしていたことも十分ありえる。13歳になる頃には、彼は毎日テニスをしていた。9時から正午まで学校に行き、12時から2時まではテニス、昼食を取って、午後は学校。それから夕方もう2時間テニスだ。

14歳のとき、スペインテニス連盟から、マヨルカを出てスペインテニスの中心、バルセロナでトレーニングを受けてはどうかと提案を受けた。しかし両親は彼を手放したがらなかった。「勉強がほったらかしになってたから心配したんだ」とナダルは言う。「伯父たちも両親に賛成した。だから家にいることにしたんだ」

オファーを断るということは、連盟からの経済的援助の減額に同意するということだったが、彼の父親がトレーニングの費用を支払うことを申し出た。トニを含め、ナダルに近い人たちは、家に留まる決心は彼が今のようなプレイヤーになるためには決定的だったと主張する。彼は伯父とトレーニングを続けたが、もっとずっと真剣に取り組むようになった。少なくとも1日2回プレーし、定期的に競技にも参加した。2003年には、ナダルは16歳で世界のトップ50に入った。

「伯父とコーチが一緒なのが、僕にはベストだった。彼はまず僕のおじさんで、それからコーチなんだ。おじさんと一緒に旅ができればその方がいいでしょう。全部の試合に家族が来ることはできないけど、おじさんの中に家族がいるんだ」

私たちが会う一週間前、アンディ・マレーがコーチと別れ、新しいメンターを探し始めていた。「僕は本当にラッキーだって気がついたよ」とナダルはいう。「そんな問題は僕にはない。僕たちはチームなんだ。おじさんと僕と、フィジカル・トレーナー。僕たちは一緒にやってるんだ」

この若者が地に足をつけたままでいられるのは、トニのおかげだろう。彼はナダルに自分でラケットとボールを運ばせるなど、巨大な成功で彼が変わることのないようにしたという話は多くある。

「小さい頃の人生の目標はしあわせでいることだった。今?しあわせでいること。何も変わってないよ。テニスは上手になったけど、それだけさ。僕の中は何も変わってない。僕に会う人はみんな、僕が変わると思うみたいだけど、僕は変わらない。同じだよ。今でも、しあわせでいられればそれ以上のものは望まないよ」

何が19歳の億万長者のテニスの天才をしあわせにするのだろうか?「家族が僕をしあわせにしてくれる。一番の望みは家族がみんな健康でいること。友達がハッピーなこと。僕がテニスをできること」

シンプルな少年のシンプルな望み。「それ以上何がほしいの?」と彼は尋ねる。フェデラーを倒して世界No.1の選手になるのは?「それもいいかもね。しあわせになる役にはたつかも」と、彼は笑いながら言う。

「まじめな話、僕は家族のことを最初に考えるし、家族が僕にとって一番重要なんだ。マナコールでは僕は普通だよ。みんな僕を小さい頃から知ってる。僕が何かで勝てば祝ってくれるけど、他のみんなと同じように扱ってくれるんだ。僕は他の人たちと同じような人生プランを持ってるんだよ」

一番嫌いなのは、負けることと痛み(この順で)だとナダルは言う。「伯父はいつも、このゲームでは負けることが重要だって言うんだ。テニスをやるなら負けることもある。そういうものだって。どの大会でも、すべてのゲームに勝てるのは一人だけだし、すべての大会に勝てる人なんていない。ベスト・プレーヤーでも負けるし、誰でもいつかは負ける。今はそういうレッスンをしてるところなんだ。でも、負けたあとでプレーしに出るときはずっとナーバスになるよ。毎週違う場所で、違う大会がある。負けることもゲームの一部なんだって分かるよ。でも、勝つのは・・・勝つ方がずっといいよね」

ナダルは特にクレー・コートで力を発揮する選手だが、SW19の芝生に最も魅力を感じると言う。「テニスでの夢はウィンブルドンで優勝すること。あの大会ではスペイン勢はうまくやってないし、特別なイベントだからね。どんな選手もあそこで優勝することを夢見るものでしょう?あそこで成功できたらすばらしいだろうね。すごく特別だよ」

インタビューが終わると、ナダルは礼儀正しく立ち上がって握手をし、インタビューの間中テーブルの上で光ったり震えたりしていた携帯電話に手を伸ばした。「さようなら。来てくれてありがとう」と彼は言った。「英語がうまくなくてごめんなさい。英語の4分の1しか話せないんだ。4分の4分の1かもね。うまくないんだ」私は彼に、君の英語は本当に悪くないよと言った。彼はこれからも勉強すると約束した。「次に会うときは、もっとうまくなってるよ」

私が帰りかけたとき、彼は電話に一連の番号を入力していた。「モヤにかけてるんだ」と彼は説明した。「彼はとてもいい友達なんだよ」。このスペインの仲間と2時間後に日本食レストランで食事をする約束を途中までしたのだと彼は言う。「早く食べなくちゃ」と、ポテトチップスのボウルを指す。「すごくお腹すいてるんだ」。いつもフライトを予約する前にモヤに連絡をするのだそうだ。たくさんの人と旅をするのが好きだから。

「いつも友達や家族がまわりにいる方が楽しいでしょう。僕はまわりに人がたくさんいるのが好きなんだ。食べるときも、飛行機でも。いつでも」

やがてナダルの希望や興味が色あせ、ひとつひとつのショットに身を投げ出し、試合が終わるとすぐに伯父と一緒にまっすぐ戻ってくるような熱意に、金や名声や故障がからむ日が来るのかもしれない。しかし今、ナダルは宝物だ。

彼の控えめさ、甘えのなさ、彼の送っている人生の一途な喜びで、彼は私たちの毒を抜いてくれる。成功が何かを変えなければいいと思う。



*追記(2013年6月)
元記事にリンク貼りたかったのですが、Timesが有料になり、探せません。すみません。
たぶん(Timesなので)Neil Hermanさんの記事なのではないかと思います。

記者はAlison Kervinさんだそうです。ふぁらみあさん、ありがとう。
元記事へのリンクもありがとうございます!